大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 平成6年(ネ)134号 判決 1994年10月27日

津市三重町四三三番地の六〇

控訴人

関口精一

津市大字津興字柳山一五三五番地の三四

被控訴人

津医療生活協同組合

右代表者理事

堀尾清晴

右訴訟代理人弁護士

石坂俊雄

福井正明

村田正人

伊藤誠基

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  被控訴人は、控訴人に対し、七万円及びこれに対する平成四年五月三〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、第一、二審を通じて一〇分し、その一を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人は、控訴人に対し、一〇〇万円及びこれに対する平成四年五月三〇日(訴状送達の日の翌日)から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え

三  被控訴人は、控訴人に対し、被控訴人の機関紙「暮らしと健康」に別紙「謝罪文」を、朝日新聞及び中日新聞の各三重版に同文の謝罪広告を、いずれも二段五センチメートル幅で掲載せよ。

四  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

第二  事案の概要

本件は、被控訴人の出版物に控訴人の撮影した写真を無断で掲載して控訴人の著作権を侵害し、右出版物に掲載した記事により控訴人の名誉を毀損し、また被控訴人の副理事長が控訴人を侮辱して名誉を毀損したとして、控訴人が被控訴人に対し慰謝料の支払及び謝罪広告の掲載を請求した事案であり、原判決は控訴人の請求をいずれも棄却した。

一  争いのない事実

1  被控訴人は、昭和三五年八月一日に設立され、病院経営などを営む法人であり、控訴人は、被控訴人の設立に参画し、被控訴人の設立と同時に日常業務を統括する専務理事に就任し、その後昭和五二年には理事長に就任したが、昭和五六年に理事長及び理事を辞任したものである。

2  被控訴人は、平成二年五月二七日、被控訴人の創立三〇年及び診療開始三五年記念として、「光たばねて」と題するA四判一九四頁の書籍(以下「本件書籍」という。)を発行したが、その中に、

(一) 被控訴人の写した写真一二枚(以下「本件写真」という。)を掲載したが、右掲載について控訴人の承諾を得なかった。

(二) 被控訴人の設立当初から一七年間理事長の職にあった伊達鎮二の「ぼくの回想」と題する寄稿文(以下「本件寄稿文」という。)を掲載したが、右寄稿文には次のとおりの記載部分がある。

「共産党の三重県委員会も中央の方針に(中略)民主的医療運動の要請がきました。県委員会は、医大があり、党員医学生がいて、医師の党支持者もいる好条件をふまえて、要請を受ける方針をきめました。(中略)これにも北陸地方で医療生協を組織した経験を持つ先覚的同志による民主医療機関の生協化と民医連加盟の必要性を力説するオルグ活動があったわけです。」

(三) 控訴人が出席した「草創期を語る」という表題の座談会記事を掲載したが、その中に控訴人の発言(以下「本件発言記事」という。)として、「土地を譲ってもらうのにも苦労しました。議会がこの議案を採決しない。市会議員三六人中、三五人を、平治煎餅を持って廻りましてね。半年ズレて、やっと許可」の記載がある。

二  争点

1  控訴人の主張(請求原因)

(一) 本件写真はいずれも控訴人が著作権を有するものであり、控訴人に無断で本件書籍に掲載したのは控訴人の著作権を侵害したものである。

(二) 本件寄稿文の前記掲載部分は、以下の点で事実に反している。

(1) 被控訴人の設立は、昭和二八年秋に襲来した一三号台風の罹災者に対する総評の救護班の活動を見て、控訴人らが民主的医療機関の設立を思い立ち、控訴人らの献身的努力によってできたものであり、政党の要請や指導に従ってできたものではない。

(2) 当時、県立大学医学部には多くの共産党員がいたが、事情があって公開細胞会議を開き、解散しており、好条件であったとはいえず、前述のとおり要請自体なかったものである。

(3) さらに、当時北陸地方には医療生活協同組合は一つも存在せず、民医連には昭和三〇年に加入しており、その後のオルグ活動ということはありえない。

以上のように、本件寄稿文の内容は事実に反し、被控訴人の歴史を歪め、控訴人らの被控訴人草創の苦闘を無視、抹殺し、外部のなんぴとかの指揮命令のままに使役されたように描いており、控訴人の名誉を著しく傷つけた。

(三) 本件発言記事は、出版前に発言者である控訴人の確認も得ないまま、本件書籍に記載したもので、真実は、昭和三六年当時被控訴人が津市から事業発展のため病院建設用地として市有地の譲渡を受けることとしたが、市議会において議員の反対のため右譲渡の承認を得ることが困難になったことから、被控訴人の理事ら(控訴人を含む。)が手分けして議員を訪問し、理解を得ることとしたところ、一部の理事が独断で手土産として五〇〇円相当の煎餅を配ったため、当時市議会議員でもあった控訴人が他の議員から反感を買い、控訴人が謝罪するなどしてようやく承認を受けたものであるにもかかわらず、本件発言記事は控訴人が市有地の譲り受けについて市議会議員に対し物品を贈って承認を得たことを告白したかのような表現になっており、控訴人の名誉が著しく傷つけられた。

(四) 被控訴人の副理事長である林友信(以下「林」という。)は、控訴人に対し、次の振舞いに及んだ。

(1) 平成二年六月一三日、控訴人が被控訴人に対し同年五月三一日付書面で本件写真の著作権侵害を指摘し、善処を求めたことに憤慨し、被控訴人経営の津生協病院(以下「生協病院」という。)の総婦長室で雑談中の控訴人に対し、「激しい文書を寄越したのは良くない。被控訴人を闇討ちにした。よくここに上がってこれたな。恥ずかしくないか。」などと繰り返し怒鳴った。

(2) 同年八月二四日、控訴人が同年六月二五日に被控訴人を著作権法違反で津地方検察庁に告訴したことに憤慨し、右総婦長室の入口にいた控訴人に対し、「告訴はいけない。理事一同盗作とか犯罪とは思っていない。よく組合の建物に入ってこれたな。」と激怒した。

(3) 平成三年二月二六日、前記告訴事件が不起訴処分になったことについて控訴人が同月二一日に検察審査会に対し審査の申立てをしたことに憤慨し、生協病院四階事務室において控訴人に対し、「ひどいことするじゃないか。手に入れた本も返してもらう。」と怒鳴り、長時間抗議した。林の右各言動は控訴人を侮辱し、名誉を毀損するものである。

(五) 本件書籍に対する本件写真の掲載、本件寄稿文の記載、本件発言記事及び林の前記各言動は、控訴人の著作権を侵害し、控訴人の名誉を毀損する行為であり、いずれも被控訴人の理事が自らその職務として行い、あるいは被控訴人の被用者をして行わせたものであるから、被控訴人がその不法行為責任を負うべきであり、控訴人に対する慰謝料一〇〇万円の支払並びに控訴人の名誉回復の処分として被控訴人の機関紙「暮らしと健康」、朝日新聞及び中日新聞の各三重版に別紙「謝罪文」の掲載を求める。

2  被控訴人の主張

(一) 本件写真の掲載について

本件写真は思想又は感情を創作的に表現したものではなく、文芸・学術・美術の範囲に属するものに該当しないから、著作権の対象となる著作物とはいえず、右著作物に当たるとしても、控訴人が被控訴人の専務理事として業務時間内に業務と密接に関連する対象を撮影した職務著作であるから、その著作権は被控訴人に属し、しからずとしても、本件写真は被控訴人の所有物と認識していたものであるから、被控訴人の理事には著作権の侵害につき故意過失はなかった。

(二) 本件寄稿文の記載について

被控訴人は本件寄稿文の内容の真偽については不知であるが、仮に事実と異なる記載があるとしても、控訴人の名誉が毀損されるような具体的内容は記載されていないから、控訴人の主張は認められない。

(三) 本件発言記事について

本件発言記事は控訴人が座談会で述べたことを可能な限り忠実に記載したにすぎないし、市会議員に平治煎餅を配ったとしても、儀礼的行為の範囲内であるから贈賄行為にはならず、控訴人の名誉を毀損するものではない。

(四) 林の言動について

林は、控訴人の通告や告訴などの行為に対して副理事長として疑問を感じ、問いかけをしたものであり、控訴人が被控訴人やその理事長、理事などに侮辱、罵倒を繰り返し浴びせかけたため、やむをえず冷静に反論したにすぎず、控訴人の名誉を毀損したことにはならない。

(五) ちなみに、被控訴人は、当初印刷した本件書籍三〇〇冊は、控訴人からの抗議により控訴人の所持している一冊と紛失した一冊を除いて回収、焼却し、改めて本件写真、本件寄稿文及び本件発言記事を内容とする座談会記事を削除した「光たばねて」一二〇〇冊を発行した。

第三  争点に対する判断

一  本件写真の掲載について

1  著作権法によって保護されるべき著作物とは「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」(同法二条一号)をいうところ、右「思想」及び「感情」の意義は広い意味に捉えるべきもので、写真はカメラ・レンズ・フィルムなどの機材やその性能に依存するところが大きいものの、被写体の選定、撮影の位置・角度・時間の選択、カメラ・レンズ・フィルムなどの機材やその組合せの選択、光量の調節などについて撮影者の創意と工夫があれば著作物と認めるのが相当である。

原審における控訴人本人尋問の結果(第一、二回)及びこれによって真正に成立したと認められる甲第一号証、第二号証の一・二によれば、本件写真(そのうち三枚は複数の人物を主題とした記念写真に属するもの、五枚は広角度の被写体を連続撮影したうえ一部を修正して一枚の合成写真としたもの、四枚は被控訴人の行事又は活動の場面を記録したもの)は、控訴人が被控訴人の設立以前の昭和三五年三月二三日から昭和五〇年五月六日までの間に、被控訴人の関係者や組合員、診療所建設工事を撮影した写真であり、控訴人自身の判断と趣向・工夫によって歴史的現象を創作的に映像化したものと認められるので、著作物と判断することができる。

2  被控訴人主張の職務著作(著作権法一五条一項)性について

職務著作が成立するためには、法人その他使用者の発意に基づき、使用者の業務に従事する者が職務として作成したもので、使用者が自己の名義の下に公表することが予定されたものであることを要するところ、前掲各証拠によれば、本件写真は控訴人が被控訴人設立以前の柳山診療所の事務長として在職していた時期(二枚)から被控訴人の専務理事として在職していた時期(一〇枚)までの間に、右診療所及び被控訴人の活動を控訴人の個人的発意で記録する目的の下に撮影したことが認められ、控訴人の前記各職務に関連がないとはいえないものの、被控訴人の発意により控訴人がその職務として撮影したものとはいえず、さらに被控訴人の名義で公表することが予定されていたと認めるべき証拠もない。なお、原審における証人駒田拓一の証言及び控訴人本人尋問の結果(第一回)によれば、本件写真を含む控訴人の撮影した写真が被控訴人により保管されていたこと(ただし、ネガは控訴人の所有で、同人が所持していた。)や本件写真のうち何枚かが過去に被控訴人の機関紙に掲載されたことが認められるが、右の事実では職務著作と認めるのに十分ではない。

3  本件写真掲載についての故意過失について

前記争いのない事実に原審における証人駒田拓一の証言及び控訴人本人尋問の結果(第一、二回)並びに弁論の全趣旨によれば、被控訴人が本件書籍に本件写真を掲載した際に、被控訴人に本件写真の著作権がないことを知っていたにもかかわらず、撮影者の承諾を得なくとも問題がないと安易に考え、掲載した事実が認められる。

被控訴人は、本件写真が被控訴人の所有物と認識していたと主張し、故意を争うようにもみえるが、陽画の所有権の帰属と当該写真の著作権の帰属とは別問題であるし、前掲駒田証言及び控訴人本人の供述並びに弁論の全趣旨によれば、本件書籍の発行に先立ち、被控訴人はその高茶屋診療所の開所一五年記念ビデオを作成するため、理事駒田拓一をして控訴人所蔵の被控訴人の活動に関する多数の写真ネガ及び陽画を複写させた事実が認められるから、被控訴人の主張は到底採用できないところであり、仮に、被控訴人にとって撮影者を控訴人と特定することが困難であったとしても、無断掲載の責任を免れることはできない。

4  被控訴人の不法行為責任について

前記争いのない事実に前掲駒田証言及び弁論の全趣旨によれば、本件書籍は被控訴人の創立三〇年及び診療開始三五年の記念として被控訴人の理事、組合員及び職員が編集委員となって編纂したものであり、被控訴人の理事が自らあるいは組合員及び職員を使用してその職務として行ったと認められ、被控訴人が控訴人の著作権侵害につき不法行為責任を負うことは明らかである。

二  本件寄稿文の記載について

本件寄稿文の内容に被控訴人の創立経過について事実に反するものがあるとしても、本件寄稿文には控訴人の行為、態度など控訴人に関する事実の記載がなく、したがって控訴人の社会的評価を低下させるものとは認められないので、この点について控訴人の主張の不法行為の成立は認められない。

三  本件発言記事について

控訴人の座談会における発言が本件発言記事と相違し、控訴人が主張しているような内容であったと認めるに足りる証拠はないし、また、控訴人が主張するような事情の下で市議会議員の理解を求めるに当たり煎餅を配る行為が贈賄行為又は社会的相当性を欠く行為として、社会的評価を傷つけるほどのものであるとは認め難い。

したがって、この点についての控訴人の主張する不法行為の成立は認められない。

四  林の言動について

林の言動が控訴人の主張するようなものであったことを認めるべき証拠はない上、林の言動が被控訴人の理事としてその職務として行ったとは認められないので、被控訴人の不法行為責任を問うことはできないものと言うべきである。

五  被控訴人の著作権侵害による損害賠償等の請求について

以上によれば、控訴人の著作権侵害に基づく請求は理由があるが、控訴人が精神的損害の回復を求めていることに照らすと、侵害されたのは、広義では著作権に含まれる著作者人格権であり、著作者人格権の内容のうち、公表権(ただし、過去において被控訴人の機関紙に掲載されたものは除かれることになるが、本件写真のうちどれが掲載されたものかは証明されていない。)及び氏名表示権が被侵害利益であると認められる。

ところで、侵害の程度については、成立に争いのない甲第三号証、原審証人林友信の証言及び弁論の全趣旨によれば、本件書籍は全部で三〇〇部印刷され、一五〇部は平成二年五月二七日に開催された被控訴人の総代会で出席者に配布され、残部は被控訴人の職員に配布されたが、同月末頃、控訴人から被控訴人に対し本件書籍の廃棄を求める通告書が送られたため、被控訴人は同年六月中に控訴人の所持している一冊と紛失した一冊を除いてすべて廃棄し、改めて被控訴人は同年一二月二九日に本件写真、本件寄稿文及び本件発言記事を削除した「光たばねて」一二〇〇部を発行したことが認められ、本件写真の内容、無断掲載の枚数、本件書籍が発行されてから廃棄されるまでの期間、本件書籍の発行部数などからすると、侵害行為の態様及び程度はそれほど重大とはいえないが、他面、控訴人は、本件訴訟において自己の著作物であることを立証するために、その所蔵する写真ネガ約一万二〇〇〇枚と照合するのに多大な労力を消費した(控訴人の供述及び弁論の全趣旨)事実が認められるので、これらを総合すると、本件写真の無断掲載によって被った控訴人の精神的苦痛を慰謝する金額としては七万円が相当である。

次に、謝罪文の掲載請求については、本件書籍が発行されてから廃棄されるまでの期間、本件書籍の発行部数、配布先及び侵害行為が写真著作物の無断掲載のみに限られることを考慮すると、控訴人の名誉回復のために控訴人の主張する謝罪文の掲載までの必要はないと判断する。

第四  結論

したがって、控訴人の本訴請求のうち、慰謝料七万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成四年五月三〇日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるので認容できるが、その余は理由がないので棄却すべきところ、これと一部異なる原判決は相当でないので、その限度で変更することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 稲守孝夫 裁判官 小松峻 裁判官 松永眞明)

謝罪文

津医療生活協同組合は一九九〇年五月二七日創立三十年診療開始三五年を記念し「光たばねて」を発行したが、その中に、

一 創業者関口精一氏撮影の写真一二点を許諾を得ず掲載した

二 副理事長は貴殿がこの件を告訴したことに憤慨し三回にわたり暴言を吐いて侮辱した

三 元理事長は某政党の指導に基づく、北陸地方の経験者が力説したなど全く事実無根の寄稿をし、これをそのまま掲載、貴殿が何者かに使役されたかに描き侮辱した

四 貴殿が出席した座談会で組合用地を市から譲渡を受けるに当たり貴殿が市議会議員全員に贈賄したと発言したと歪曲、重大な侮辱記事を掲載した

以上著作権侵害、名誉き損の記述があったことを認め、貴殿始め先人の苦労を侮辱する行為等のあったことを反省、深く陳謝します。

一九九 年 月 日

津医療生活協同組合 理事長 堀尾清晴

関口精一殿

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例